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東京高等裁判所 昭和28年(行ナ)15号 判決

原告 呉羽紡績株式会社

被告 特許庁長官

補助参加人 株式会社ケイ・エヌ商会

主文

昭和二十六年抗告審判第二四号事件について、特許庁が昭和二十八年五月二十九日になした審決を取り消す。

訴訟費用中参加によつて生じた部分は、参加人の負担とし、その余の部分は、被告の負担とする。

事実

第一、請求の趣旨

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めると申し立てた。

第二、請求の原因

原告訴訟代理人は、請求の原因として、次のように述べた。

一、訴外大建産業株式会社は、昭和二十四年十二月十日訴外鷹野重昌から、同人の発明にかゝる精紡機用バキユウムクリヤラーにつき、特許を受ける権利を譲受け、同年十二月十六日これが特許を出願したが(昭和二十四年特許願第一三、三四五号事件)、原告は、昭和二十五年五月十八日右会社から右の権利を譲受け、その手続を承継したところ、同年十一月三十日拒絶査定を受けた。よつて原告は右査定に対し昭和二十六年一月八日抗告審判を請求したところ(昭和二十六年抗告審判第二四号事件)、審査官は、拒絶の理由を発見しなかつたので同年十一月九日出願公告をなした。しかるに右出願公告に対し、補助参加人株式会社ケイ、エヌ商会及び訴外藤本鉄工株式会社から異議の申立があつた結果、特許庁は昭和二十八年五月二十九日原告の抗告審判の請求は成り立たない旨の審決をなし、その謄本は、同年六月十三日原告に送達された。

二、原告の出願にかゝる発明は、精紡機のフロントローラーの直下方に両端に空気孔を穿つた吸入管を近接せしめて平行的に設け、糸条進行線の直下方に当るこの吸入管の部分に吸入孔を穿設し、又該管はその中央部に取り付けた連管によりブロアーに通ずる主管に連通せしめ、主管の端部に空気孔を穿ち、ブロアーの空気吸引によつて、主管と吸入管の端部の空気孔及び吸入孔より空気を吸引すると共に、切断した紡糸を吸入管の吸入孔にて吸入し、これを主管内に流入せしめることを特徴とする精紡機用バキユウムクリヤラーである。審決は、原告の発明を右のとおり認定した上、精紡機のニユーマチツククリヤラーにおいて、フリユートは両端面に管内の空気の流動を調整するための補助孔を有し、ダクトは一端部に開閉扉を設け、この扉を開いてフリユートと同様にダクト内に空気を吸入して内部の空気の流動を調整して、綿がつまることがないようにし、精紡機のフロントローラーの直下方にフリユートを該ローラーと平行的に設け、又フリユートの背後の突出口とダクトを連結し、ダクトの一端をブロアーに連通させるようにしたものが、精紡機用ニユーマチツククリヤラー装置として原告の本件出願前国内において公然使用された事実がありと認定し、本件の発明と右ニユーマチツククリヤラーとを比較して、前者の吸入管及び主管は、後者のフリユート及びダクトにそれぞれ相当し、前者の主管は端部に通気孔を設けたのに対し、後者はダクトの端部に開閉扉を設けた点を除いては全く一致している。そして前者の主管に設けた通気孔は吸入管の通気孔と同じ作用及び効果を有するものであるが、後者のダクトの端部の開閉扉は、これを開いて空気を入れると管内に綿がつまらないようにすることができるものであるから、この場合前者の主管とその作用及び効果は全く相等しいから、結局両者は全体として同一発明と認められ、本件発明は、特許法第四条第一号により、同法第一条の特許要件を具備しないものであるといつている。

三、しかしながら、審決は次の点において違法であつて取り消さるべきである。

(一)、審決は、異議申立人等の申出にかゝる証人宗村平、吉岡茂雄の証言によつて、原告の本件出願前国内において、前述の精紡機用ニユーマチツククリヤラー装置(以下引用装置という。)が公然使用された事実を認定したが、これらの証言は、それ自身前後矛盾するところがあるばかりでなく、これによつては到底右装置が、本件出願前国内において公然使用されたとの事実は認められない。しかのみならず同時に証拠調をなした証人坂田保司の証言によれば、却つて右装置の使用は、むしろ秘密に保たれていたものであることが認められる。審決は、明らかに採証を誤つた違法があるものといわなければならない。

(二)、次に前記引用装置と本件発明との比較対照についての審決の見解は、精紡機におけるニユーマチツククリヤラーの技術的特性を無視した形式一辺の比較論に過ぎない。審決の趣旨は、開閉扉の開きを極めて小さく調節しておくときは、その隙間を通ずる通気量は、本件の発明において、主管端に穿つた単一固定の通気孔よりする通気量と同様になし得べき筈であるから、両者は作用効果を等しくするものと速断したものと思われるが、精紡機のニユーマチツククリヤラーに限りかくの如き空想は決して成立しないものであつて、本件発明の妙味も実にこの点に存する。

元来精紡機は一台に四百錘が一列に併立しているものであつて、従来用いられた径四分の三吋長さ一呎半表面に羅紗を張つたいわゆるクリヤラーローラーの位置に、それぞれ一本ずつフリユートを換置し、一本のフリユートにおける錘列に対応する吸入孔の数八ないし十箇、このフリユート四ないし五本づつを漸次断面積を変化する四本ないし五本のダクトに連ね、更にこのダクトを断面を逓変する主胴に連ねて単一の抽風機により吸風させ、各フリユートにおける表裏二百箇の吸入孔列に対し、全部一様な吸気圧を生ぜしめることを要件とするものであつて、本件特許願のニユーマチツククリヤラー装置におけるフリユート側面の糸条通路に接する吸入孔の径二耗、両端におけるいわゆるバカ孔の径〇、五ないし三耗、ダクトの行止端における面積一吋半ないし二吋四角で、その端に穿てる通気孔の径二ないし三耗程度のものである。引用装置におけるダクトの設計者の着想は、恐らくダクトの行止端にも、フリユートにおけると同じく渦流によつて綿屑の停滞填塞の弊を認めたから、この分に対しては、ダクト行止端面を開放してその部分に開閉扉を設け、精紡機の作業中はこれを閉塞しておき、綿屑の溜つたのを認めたとき精紡機の運転を止めて開閉扉を開き、ブロアーを働かせて一気に溜つた綿屑を吸引させる如く運用するように設計したものと思われる。若し精紡機の運転中に開閉扉を開いたものとすれば、その開口は吸入孔とはまるで面積を異にするから、風圧の分布に不規則な変動を生じて、多数の吸入孔が一様の吸引作用をなす機能を乱す結果を招くから、一定量溜つた時に機械を休めて一気に吸綿する外なきものと思われる。なお、この開閉扉は、単にダクトの端を溝状に折り曲げて上方から扉板を挿し込んだに過ぎないもので、別段調節機構を附設したものでないから開けるか閉めるかの両様に止まり、微妙に調節して、精密な吸気隙を保持するが如き巧妙な設計ではない。従つてこれを調節扉というのは当らない。しかのみならずこの開閉扉は特に摺合を施した如き精密な製作ではないから、これを閉めても自然に生ずる隙間は、当然各箇不同のものとなり、この漏気は設計上不測の因子となり、従つて何程風道の設計に注意しても、各フリユートの吸入孔に対する吸気圧の均齊を得難い結果となる。ダクトの右開閉扉が不用として廃止されたのは、恐らくこの現象を指したものと思われる。

これに反し原告出願の精紡機用バキユウムクリヤラーにおけるダクトの端面には、小なる通気孔を固定に穿つただけのもので、精紡機の運転中空気は絶えずこの通気孔から吸い込まれて、その気流によりダクトの行止端に生ずべき渦流を防止して綿屑の停滞を生じないようにするから、自働的にダクト内の綿屑停滞を防遏することができ、しかもこの通風孔は面積一定のものであるから、これを風道の設計考慮に入れることが容易であつて、各フリユートの吸入孔における風圧を一様に保持することを可能ならしめる点で、精紡機のニユーマチツククリヤラーとして特殊の効果を生ずるものである。されば仮りに審決が認定した引用装置を原発明とすれば、本件の発明は、これに比し前記特殊効果を有する点において、改良の追加発明として新規性を認め得べき特異性を有するものである。

従つてこれらの精紡機のニユーマチツククリヤラーとしての技術上の特性を看過し、漫然両者の作用効果が相等しいとなした審決は、不当といわなければならない。

第三、被告の答弁

被告指定代理人は、原告の請求を棄却するとの判決を求め、原告主張の請求原因に対し、次のように述べた。

一、原告主張の請求原因一及び二の事実は、これを認める。

二、同三の主張は、これを否認する。

(一)、審決が認定したような精紡機用ニユーマチツククリヤラー装置が、原告の本件出願以前国内に公然使用されていた事実は、抗告審判における証人吉岡茂雄及び宗村平の証言によつて、十分にこれを認めることができ、審決は原告主張(一)のような違法はない。

(二)、引用装置におけるダクト開閉の目的は、ダクトの端部の孔から空気を流入し、その気流によつてダクト内に停滞した綿を除去することである。原告は本件のクリヤラーにおけるダクトの端部に穿設した通気孔は、その位置を固定したもので、唯漫然とこれを設けたものではないと主張するが、本件出願の明細書には、通気孔を固定して設けるという記載もなく、またそのための作用及び効果の記載もない。図面には、フリユート及びダクトの円筒端面部の中心に円孔があるだけで、これでは明細書全体の記載から見て単なる通気孔に過ぎないものと認めざるを得ない。

(三)、原告は、なお本件の明細書及び図面に示したものと、引用装置のものとの構造上の微差を取り上げ種々主張しているが、仮りに引用装置のダクトにおける開閉扉が原告の主張のとおりであつたとしても、その相違するところは、本件発明においては、更に通気孔をダクトの端部に設け、フリユートと二段にした点であるが、これは単に屋上に屋を重ねたものに過ぎず、このようなことは当業者が必要に応じ容易になし得る設計であつて、この点には発明が存在しないと認められるから、この程度の相違を以て、両者が別異の発明であるとは認められない。

思うに、本件出願は、精紡機用の吸気式のクリヤラーにおいて、条糸吸込用の孔を多数設けた管体の端面に吸気孔を穿ち、この孔から空気を吸い込み、管内に吸い込まれて停滞している条を吹きとばし、管内に条が填塞しないようにした点を発明思想とするものであつて、この点においては、本件出願の発明と引用装置とは全くその軌を一にするもので、結局両者は同一発明に帰するものというべきである。

第四、参加人の主張

一、精紡機のフロントローラーの直下方に吸入管を近接せしめて平行的に設け、糸条進行線の直下方に当るこの吸入管の部分に吸入孔を穿設し、又該管はその中央部に取り付けた連管によつて、ブロアーに通ずる主管に連通せしめ、ブロアーの空気吸引により吸入孔から空気を吸引すると共に、切断した紡糸を吸入管の吸入孔に吸入し、これを主管内に流入せしめるようにした装置は、本件特許出願前の昭和二十四年八月五日特許庁から発行された工業所有権公報第五十五号第三十三頁に、何人も容易に実施することができる程度に記載されている。右記載の装置と、本件特許出願の装置とを比較検討すると、両者はその名称及び各部の称呼は互に相違しているが、実質的には全く同性質のものであつて、ただ本件の装置には吸入管及び主管の各端部に気流調整用の空気孔を設けたのに対し、右記載の装置にはこのような空気孔が設けられていない点において、両者の間に設計上の微差が存するのみである。

そもそも流体操作において、流路の隅角部に渦流を生ずることは周知の事実であり、又この渦流を除くため該部に調整孔を設けることも流体操作上の慣用手段である。本件特許出願の精紡機用バキユムクリヤラーにおいて、その吸入管及び主管の各部に気流調整用の空気孔を設けることは、この種の空気の流れを取り扱う機械において当然なすべき設計をなしたまでで、このような点を以て新規の発明を構成したものと認めることはできない。これを要するに、本件特許出願の精紡機用バキユウムクリヤラーは、前記刊行物記載のものと本質的に全く相合致するので、新規の発明と認めることはできない。

二、前述するように、流体通路の隅角部に渦流を生ずるのを防ぐため、該部に調節孔を設けることは流体操作を行う場合の慣行手段であつて、訴外鐘渕紡績株式会社において精紡機用ニユーマチツククリヤラーのフリユートの両端に気流調整用の空気孔を設け、これを本件特許出願前公知公用としていたのは、審決の認定したとおりである。そしてこの構造では空気孔がフリユートを支持するローラースタンドの支持部にのぞんでいるため綿屑がつまりやすい欠点があるので、同社では更に研究の結果、フリユートの両端面に空気孔をあけるのを廃し、その代りにフリユートの両端部に各一個の気流調整用空気孔を設ける構造を案出し、これについて、昭和二十四年七月八日実用新案の登録を出願した。この出願はその後昭和二十五年十二月十九日出願公告となつたが、この事実によつても、本件のような、精紡機用ニユーマチツククリヤラー装置において、渦流の発生すべき箇所にただ漫然と渦流防止用の空気孔をあけるということを要旨とするものが、新規の発明として特許せらるべきものでないことは明白である。

三、本件出願の装置と引用装置との比較において、吸入管すなわちフリユートに関しては、両者全く同一であつて、その構造、作用、効果等について意見の分れるのは、主管すなわちダクトについてゞある。ダクトについては、本件出願の明細書添付の図面に、円筒状をなす主管の端面中央に小円孔をあけたものが示されており、これと引用装置における四角筒状ダクトの端面に開閉扉を設けたものとを比較すれば、これは明らかに構造的に相違している。

しかし本件特許出願のダクトは、決して図面に示されたとおりの円管状主管の端面中央に小円孔をあけたものと限定されているものではなく、その特許請求の範囲に、「主管の端部に吸入孔を穿つたもの」と表現されているとおり、極めて広汎な観念のもので、引用装置に示された四角筒状ダクトの端部に開閉扉を設けたものも、当然そのうちに包含されたものである。従つて明細書図面に示された構造が、あたかも本件特許出願のダクトであるかのような原告の主張は、全く事実を曲げたものである。ダクトの端部に空気の吸入口を設けたという点においては、引用装置に示すダクトと本件特許出願のダクトとは全く同一である。原告は、本件特許出願のダクトと引用装置に示すダクトとは構造が違うと主張しているが、引用装置に示すダクトには構造があるが、本件特許出願のダクトは端部に吸入孔を設けるという思想があるだけで、具体的な構造は何もない。従つて両者を構造として比較することは本来無意味なことである。いわんや実施例とも見られない明細書添付の不完全な説明図を、あたかも本件特許出願のダクトであるかの如くにいう原告の主張は、全く無意義という外ない。

引用装置に示すダクトは、その構造上開閉扉を適当に開くことによつて、ダクト内に所望の空気を流入させることができ、ダクトの端部に発生する渦流を破り、気流を調整する点において、本件出願の吸入孔の作用、効果と全く同一である。

第五、証拠〈省略〉

理由

一、原告主張の請求原因一及び二の事実は、当事者間に争がない。

二、その成立に争のない甲第一、二号証によれば、本件特許出願にかゝる発明の要旨は、精紡機のフロントローラーの直下方に、両端に空気孔を穿つた吸入管を近接させて平行的に設け、糸条進行線の直下方に当るこの吸入管の部分に吸入孔を穿設し、又は該管はその中央部に取り付けた連管によつて、ブロアーに通ずる主管に連通させ、主管の端部に空気孔を穿ち、ブロアーの空気吸引によつて、主管と吸入管の端部の空気孔及び吸入孔から常時小量の空気流を吸引するとともに、切断した紡糸を吸入管の吸入孔で吸入し、これを主管内に流入させることを特徴とする精紡機用バキユウムクリヤラーであつて、その目的とするところは、吸入管及び主管の各端部に穿つた空気孔から常時吸引する小量の空気流によつて、両管の端部における空気の渦流の発生を防止し、管内に糸条を停滞させないようにし、バキユウムクリヤラーによる紡糸その他の吸入を良好ならしめようとするものであることを認めることができる。

三、一方その成立に争のない乙第一号証の一、二、三及びその記載と照らし合せて当裁判所が真正に成立したと認める丙第一号から第四号証までを総合すると、本件の特許出願がなされた昭和二十四年十二月十六日以前岡山県上道郡西大寺町訴外鐘渕紡績株式会社西大寺工場及び和歌山県日高郡松原村訴外大和紡績株式会社松原工場において、精紡機のフロントローラーの直下方に、その両端面に管内の空気の流動を調整するための補助孔を有するフリユートを、該ローラーと平行的に設け、又フリユートの背後の突出口を、一端部に開閉扉を設けたダクトに連結し、ダクトの一端をブロアーに連通されるようにした精紡機のニユーマチツククリヤラー(引用装置)が取り付けられ、使用されていた事実を認めることができる。

しかしながら、右両工場における引用装置の使用が公然なされたものかどうかについて、前記乙及び丙号各証を総合すると、次の事実が認められる。鐘渕紡績株式会社は、その指定メーカー訴外藤本鉄工株式会社に対し、前記フリユート及びダクトの製作を依頼しダクトについては昭和二十三年八月二十日頃を第一回とし、またフリユートについては、昭和二十四年六月二十日頃を第一回として、これが試作品を同会社西大寺工場に納入させた。訴外三菱電機株式会社は、また同工場から、かねてニユーマチツククリヤラーに使用する電動機等の研究、製作を依頼されていたが、昭和二十四年八月十二日その研究のため、電機課長及び設計課長を伴い同工場へ赴いた右訴外会社技術部長宗村平は、同所において、前記引用装置を示され、その説明を受けた。一方訴外大和紡績株式会社は、鐘渕紡績株式会社の了解のもとに、前記ニユーマチツククリヤラーを、その松原工場に採用することとなり、昭和二十四年七月二十日鐘渕紡績株式会社施設部長代理訴外樋口捨蔵を招き打合せの上、同月二十五日研究課長訴外坂田保司をして西大寺工場を視察せしめると共に、前記藤本鉄工株式会社へ設計製作取付を依頼し、同年九月十二日一部の運転を開始するに至つたが、右大和紡績株式会社は、鐘渕紡績株式会社から、秘密にすべき旨の要求を受けていたので、他社に対しては秘密にする必要があつたものである。

以上詳細に認定した事実によれば、ここに挙示した人々は、いずれも秘密を保持することを、すくなくとも暗黙のうちに求められ、かつ、これを期待することができる極めて局限された特定の人々であつて、これらの人々が右装置の取付使用の事実を知つたとしても、これを以て、右装置が公然使用されたものと解することができないのはもちろん、鐘渕紡績株式会社その他の大紡績会社が、ニユーマチツククリヤラーをはじめ紡績機械の改良進歩について、日々多大の努力を傾倒し、その結果の成るに従つて特許、実用新案登録を出願し、斯界の発展に寄与していることは当裁判所に顕著な事実であつて(丙第五、六号証参照)、しかもこれら特許、実用新案登録の出願において、新規性の喪失が決定的な意義を有することを、前記認定の事実に併せて考えれば、以上研究、製作の過程において、右装置が一般公衆の見学の対象となり、その他公然使用された旨の、前記乙及び丙号各証の記載は、当裁判所の到底採用し得ないところであり、他に右引用装置が、本件発明の特許出願前に公然使用されていたとの事実は、これを認めるに足りる証拠はない。

してみれば、引用装置が本件特許出願前国内において公然使用せられたものであるとした審決は違法なものといわなければならない。

四、しかのみならず、本件特許出願にかゝる発明と、前記引用装置とを比較してみると、前者の主管は、その端部に通気孔を穿つておるのに対し、後者の主管に該当するダクトはその端部に開閉扉を設けている点において相違する。よつてこの相違点について更に検討を加えるに、前者における通気孔が、吸入管の通気孔と同じく、これより常時吸入する空気流により、主管の端部における空気の渦流の発生を防止し、管内に糸条を停滞させないようにし、バキユウムクリヤラーによる紡糸その他の吸入を良好ならしめようとするものであることは、前に認定したところであるが、後者の開閉扉についてこれをみれば、ダクトの開口は平常は開閉扉によつて閉鎖されているものとみるべきであり、またその構造から考えて、この開閉扉は、精紡機の運転を中止しているとき、時々これを開いてダクト内に滞つた紡糸、綿屑等を吹き飛ばして管内を掃除する作用を営むものと認めるを相当とする。右開閉扉より常時小量の空気流を吸引し、ダクトの端部における空気の渦流の発生を防止するがためには、扉の開度を調節する何等かの装置を設けることを要するものと解せられるところ、かゝる装置が存したことは全くこれを認める証拠がなく、かつ、原告会社坂祝工場における検証の結果に徴すれば、精紡機の運転中、トツプポードに被われた多数のダクトの端部における開閉扉について、これが開度を調節するが如きことは、すくなくとも前記引用にかゝる開閉扉については、不可能に近いものであることが認められる。

すなわち引用装置における開閉扉は、これによつて常時小量の空気流を吸引し、主管の端部における空気の渦流の発生を防止しようとする本件発明の主管の端部の通気孔とは、その作用効果を異にするものといわなければならない。

してみれば、引用装置と本件発明とが結局全体としては、同一発明であるとした審決は、この点においても違法なものといわなければならない。

五、参加人代理人は、流体通路の隅角部に渦流を生ずるのを防ぐため、該部に調節孔を設けることは、流体操作を行う場合の慣行手段であつて、前記引用装置は、その公知公用の一例であり、ダクトの端面における開閉扉は、本件発明の特許請求の範囲にいう「主管の端部に穿つた吸入孔」に、当然包含されるものであると主張するが、引用装置におけるダクトの端部の開閉扉が、本件発明の主管端部の通気孔とその作用効果を異にするものであることは、前節において説明したところであつて、右の主張はこれを採用することができない。

また参加人代理人は昭和二十四年八月五日に刊行された工業所有権公報第五十五号第三十三頁の記載を引用して、本件の発明はこれと本質的に全く相合致するものであると主張するが、その成立に争のない丙第五号証によれば、右刊行物にはフリユートの両端部及びダクトの端部に全然空気孔を有しないニユーマチツククリヤラーが記載されているのみで、これによつては、フリユートの両端部及びダクトの端部に通気孔を設けることを要旨中の重要部分とする本件の発明が容易に実施することができる程度に記載されたものとは到底認めることができないから、右の理由もまたこれを採用することができない。

六、以上の理由により、本件発明と同一発明と認められる引用装置が、本件特許出願前国内において公然使用されたことを理由として、本件発明は新規性を欠くものとした審決は、違法であつて取消を免れない。

七、なお被告代理人は、本件発明と引用装置との相違点である、通気孔をダクトの端部に設け、フリユートと二段にした点は、単に屋上に屋を重ねたもので、この点には発明が存在しない旨を主張し、参加人代理人は、また本件特許出願のバキユウムクリヤラーにおいて、その吸入管及び主管の各端部に気流調整用の空気孔を設けたことは、この種の空気の流れを取り扱う機械において当然なすべき設計をなしたまでで、新規の発明を構成しないと、昭和二十五年十二月十九日に出願公告となつた精紡機用ニユーマチツククリヤラーのフリユートの例(丙第六号証)を引いて主張するが、右は、いずれも前述した審決の判断とは全然別個の事実を主張するものであつて右審決の判断が違法であるかどうかを審理判決する本訴においては、適法に主張することを得ないものといわなければならない。

よつて原告の本訴請求を認容し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八十九条、第九十四条後段の規定を適用して、主文のように判決した。

(裁判官 小堀保 原増司 高井常太郎)

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